店番2人の日々の申し送り帳
2020年の干支は「子」。

師走の「おかいもの」より。

 

 

令和2年は、ねずみ年。

今回14日より364で始まっている

師走の「おかいもの」展では

新年のお飾りに、秋田県の土人形「八橋人形:子」を揃えました。

作り手さんをつなげてくれているのは今村香織さん。

今村さんは日本各地の良いもの良い作り手をアンテナをはり、

様々なコミュニティからその文化を紹介するしごとをしています。

今回、紹介してくださった八橋人形(やばせにんぎょう)のおはなしを

今村さん本人が編集しているフリーペーパー[いま、秋田村からVol.2]を

転載し、ご紹介させていただきます。

 

 

以下/取材、文:今村香織_________________________________

 

八橋人形制作者

梅津秀さんと

八橋人形伝承の会

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八橋人形(やばせ・にんぎょう)とは?

伏見人形(京都)の流れを汲み、江戸時代から伝われるとされる

秋田市の土人形。

天神様、雛人形、招き猫、十二支の動物など、多彩な土人形が制作されており

、素朴で穏やかな佇まいから秋田の風土を感じることが出来る。

八橋地区では、男の子が生まれると天神様、女の子が生まれると雛人形を買い求める風習がある。

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縁起物やお守り、年中行事やお祝いに飾るものなど、家々の歴史と共にある土人形。

素朴な風合いで、どこか神秘的な強さが宿るそれらは人や場を和ませる〈身近でちょっと特別な存在〉として

古くから親しまれてきました。

全盛期に比べれば、作り手もだいぶ少なくなってしまいましたが、根強いファンに支えられ、

今も日本各地でゆっくりと時を刻んでいます。

秋田市八橋地区で作られている「八橋人形」も由緒ある土人形のひとつ。

地域の人々によって、今も大切に守り伝えられています。

 

現在、八橋人形を制作しているのは「八橋人形伝承の会」のメンバーたち。中心となるのは、

代表である梅津秀さん。慣れた手つき精緻な筆運びはこの道50年、、という貫禄ですが

実は八橋人形を作り始めてまだ4年というから驚きます。

穏やかでテンポの良い語り口調は江戸の職人を想起させますが、昔から職人を目指していた訳ではありません。

今に至る道のりは、実に不思議なご縁の連続でした。

 

元々、美術やアートに精通していた梅津さんは、ある年「郷土玩具をモチーフにした年賀状を木版画で作ろう」と

思い立ちます。

「25、6年前かなあ。木版画を作る時は、写真とかではやらない。必ず現物を手元に置いて、じっくり見て、

図案を決めたくてね。」というこだわりで始まった郷土玩具の工房巡り。

相良人形(米沢)の工房を訪れたことがきっかけで郷土玩具に魅了され、以来本格的にコレクションをはじめました。

各地の工房に足を運んで集めた玩具は700点!

「今、土人形の工房も減ってきているし、人々に忘れていることもあったんでね。手作りのぬくもりを多くの人に知って

もらいたくて」と2010年には個人で郷土人形館をオープンさせました。

 

工房巡りを通して親しくなった作り手とお酒を呑むなど交流も愉しみながら、

各地に生きづく郷土玩具をこよなく愛する梅津さん。こうした活動がきっかけとなり、

制作者の道へと進んできます。

 

古き良き手仕事について語るとき、避けては通れないのが後継者の不在という問題です。

近年益々深刻になっていますが、八橋人形も最後の職人と言われた道川トモさんが2014年に亡くなり、

廃絶の危機に直面しました。その時に立ち上がったのが梅津さんでした。

土人形の生命線でもある〈型〉の分散を避けるため、道川さんのご親族と今後について話し合いを重ねます。

 

八橋人形は粘土を素焼きにして作られた〈型〉に粘土を詰めて形成する型取り、乾燥後に

窯で焼成、それに着彩するという工程で作られています。

造形の大事な基礎であり量産することが出来る〈型〉は八橋人形にとっては命の源。

時代や製作者が変わっても同じフォルムで作り続けて行くことが出来るのは代々受け継がれている〈型〉が

あるおかげです。


郷土玩具に見識がある梅津さんと八橋人形に理解が深いご親族の迅速な判断で

製作に使われていた全ての〈型〉は梅津さんに託されることとなりました。

こうして想いもよらぬ形で梅津さんにバトンが渡され、途絶えかけていた八橋人形の歴史が

辛うじて繋がったのです。

 

梅津さんは八橋人形の愛好家たちを集め、2015年に「八橋人形伝承の会」を発足しました。

「1人を後継者にすると、その人が製作出来なくなったらまた途絶えてしまう」という思いから

12名で始動。技量も熱量も興味の対象も当然ながら全員同じというわけにはいきませんが、

日々の活動で大切にしていることは「得意なことを蒸し無く活かす」こと。

 

会を運営するためには、型の管理や粘土の形成、窯入れや絵つけなどの製作はもちろん、

絵つけ体験や展示会などのイベント、梱包や発送作業、運搬の力仕事など

様々な労力が必要です。個々の能力をいかしつつ、趣味の域にとどまらないクオリティを

目指す梅津流の環境づくりは今までありそうで無かった工房スタイル。

成果も実も結びつつあります。

 

2019年には年賀郵便切手に八橋人形の[亥]が選ばれ、全国から1000個の注文が

舞い込みました。反響の大きさに嬉しい悲鳴を挙げながら休日返上で製作に明け暮れました。

でもこれがきっかけで絵付けが上達したというメンバーもいたそうです。

ものづくりの現場や職人にとって「孤独との戦い」は常ですが、嬉しいこともこうして共有できる場や

仲間が居ることは何よりもの強み。八橋人形に携わった歴代の製作者たちも天から優しい眼差しで

見守ってくれているに違いありません。

 

「今までやってきたことが、すべてこれ(八橋人形)に繋がっているんだよ」と

何だか嬉しそうに話す梅津さん。

郷土玩具をコレクションすることで養った審美眼は、言うまでもなく作品を客観視することや

型の復元、新作づくりなど制作全般で活き、50年描き続けて来たという日本画は絵付けや画材を扱う際に

大いに役に立っているといいます。また完成した人形を入れる紙箱も1個ずつ手作りしていますが、

そこには木版画の道具や技術が活きているそう。

 

気付けば、職人の下積み時代に得られる知識や技術を習得していたおかげで、大きな支障もなく

土人形の製作をすんなりはじめることが出来たのです。でもそれらは、文化や芸術への探究心と

郷土玩具への愛情を備えた梅津さんだから出来たことでもありました。

 

梅津さんのお話を聞いていると、人生ってのは、つくづく面白いなあと思います。

ご自身も、まさか自分が八橋人形の制作者になるとは思ってもみなかったはず。

由緒ある八橋人形の後継者として、さぞかしプレッシャーを感じているのかと思いきや、

そんな気負いは感じられず、むしろ〈今この瞬間を楽しむ〉自然な姿がありました。

どんな環境も面白がれるかどうかは、その人の心ひとつ。

それがご縁を導き、新たな道を切り拓いて行く原動力であるならば、生きることをもっと楽しまなくては!そう

思わされました。

 

 

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追記:

Nowvillage発行の『いま、秋田村から Vol.2』の転載を書き留めて

文章中に出て来た2019年の年賀切手のおはなし。

日本の切手に八橋人形が採用されるなんてすごいことですよね。

この切手、見覚えある方も多いのでは?と思います。

年神様の干支〈子〉の八橋人形。

一年間、守り神のように飾っておくと

幸せがやってきそうな気がします。

 

年末年始の贈り物にも、とってもかわいい一品です。

 

八橋人形 〈子〉 1000円(税抜)

※ご配送も承ります。

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